平成11年9月30日に茨城県東海村にある(株)ジェー・シー・オー(以下、JCO)のウラン加工工場で臨界事故が起こりました。この工場は、色々な種類のウラン化合物に処理を加えて、原子炉の燃料の原料として都合のよい品質のウラン化合物を作る所です。まず、臨界事故とは何かを説明します。
 原子炉の燃料として使用できる物質を核燃料物質と言い、その代表的なものがウラン化合物です。天然ウランはウラン-238(99.3%)とウラン-235(0.7%)から成っており、通常は燃料に使うには、核分裂しやすいウラン-235の比率を3〜4%程度に高めた濃縮ウランにします。1個の核分裂で多くの場合2個の核分裂片(このほとんどが放射性の核分裂生成物になる)、平均で2.5個の中性子、およびガンマ線などの放射線が飛び出します。その中性子のうちの1個が周囲の核燃料物質で次の核分裂を起こし、そこで生まれた中性子のうちの1個がまた次の核分裂が起こすといった具合に核分裂連鎖反応が起こり、周囲に十分な量があると連鎖反応が持続します。それ以下では連鎖反応が持続しないぎりぎりの量を臨界量といいます。臨界量は、その核燃料物質の組成、ウランの濃縮度、集合の形などによって変わります。同じ体積では球が表面積が最小で、中で生まれた中性子が外に逃げ出す割合も最小ですから、同じ核燃料物質では球状の集合体が最小量 で臨界になります。同じ形の集合体では、例えば、その周囲を水の層で囲むと、集合体から逃げ出す中性子の何割かが集合体の中に跳ね戻され核分裂を起こす助けになるので、水層がないときよりも少ない量で臨界になります。ちょうど臨界量のときには時間とともに核分裂が発生する割合は一定ですが、臨界量を超えると核分裂発生率(単位時間内の核分裂数)が増え続け、臨界量を大きく超えると爆発的に増加します。
 以上のことから核燃料物質は、一箇所に多く集めたり、浸水させるなどといったことを避け、臨界量よりも十分少量に分割して保管するのが当然の常識となっています。まして、核燃料物質の加工作業では、誤操作も考慮し、臨界にならない量を一回の取扱量(バッチ)として扱っています。さらに、貯槽等はタンクの形状を細長い円筒状にするか偏平にするなど設計上の配慮をして、間違って1バッチ以上の量が入っても臨界にならない設備になっていなければなりません。それでも、核燃料物質が予想外の原因で制御不能なまま臨界量を超えて事故になることを臨界事故と言います。

 
 

図 2人の作業状況
本稿の執筆では、原子力安全委員会ウラン加工工事事故調査委員会報告(平成11年12月24日)を参考としました。図は同報告の中の図にわずかに加筆修正したものです。

 

 さて、JCOでは国の許認可を得た設備及び方法による作業とは会く異なる手順で、硝酸ウラニル溶液を作っていましたが、さらに悪いことに、複数のバッチの溶液を全体として均一に混ぜ合わせるという許可を得ていない作業の際に、臨界を防ぐのに必要な手順を省いて、この作業では使うことになっていない沈殿槽という大きな容器に漏斗を通して5リットル入りステンレス製ビーカーで6バッチ分もの溶液を入れ、7バッチ分目を注ぎ足している途中で臨界になり事故になりました。その時の作業の様子の堆定図を示します。図で見る作業動作は、臨界にさえならなければ特に危険というほどのものではありません。図の外にいた1人を加えた3人が重体となる高線量の放射線を被ばくし入院しました。臨界になった溶液に最も近い位置にいたAさんが最も高線量の被ばくをし、12月21日に東大医学部付属病院で逝去され、Bさんが平成12年4月27日に逝去されたのは痛恨の極みでした。世界で最新最高の医療が施されたのがせめてものことです。事故についての責任は、違法のみならず幾重にも手落ちのあった会社の経営・管理上の当事者責任が最も重いのは明らかです。
 今回の事故で、概ね350m圏内住民避難と10km圏内住民の屋内退避で、住民は大きな迷惑をこうむりましたが、結果 として上記の3名以外には、現場近くで防災活動をした人達も含めて周辺全住民に健康上問題となるほどの被ばくはなく、事故直後に周辺で検出された放射性核種は、微量なうえに半減期の短い核種であって、環境上の影響も十分小さいものでした。また、農産物も完全に安全だということが、広範囲の各種の測定から確認されています。それにもかかわらず農産物が売れないなどの風評被害が大きかったのは誠に残念なことです。放射線検出器の感度は高いので、ごく微量な放射能でも検出されます。何が(何と言う核種が)いくらだけ検出されたか、それが健康上心配な量なのかどうかは専門家が説明すべきですが、住民の人達も放射線・放射能についての基礎知識が持てるように、また不確かな情報などで、いたずらに過剰な心配をしなくてもすむように充分な配慮がなされるべきです。
(更田 豊治郎)

 
   
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