放射線は医療、産業、研究開発などで広く使われており、その利用なしには現代社会は考えられないといえるほどに社会に定着しています。他方で、放射線を大量に受けると身体に障害が引き起こされることも知られています。放射線や原子力の利用にあたり、放射線障害から身体を如何に防護するかは極めて重要な問題ですが、そこで大きな役割を果 たしているのが国際放射線防護委員会です。英語でInternational Commission on Radiological Protectionといい、略してICRPと呼ばれています。


ICRP委員長クラーク教授

 ICRPの歴史は古く、現在の前身は1928年に国際放射線医学会を契機に「園際エックス線ラジウム防護委員会(IXRP)」として生まれ、1950年に現在の姿になっています。その特徴の一つは、非営利の団体であるということです。放射線の健康影響とその防護の問題を、特定の国や集団の利益のためではなく真に人類の福祉の立場から普遍的科学的に考えようとの姿勢を反映したものです。もう一つの特徴は、ICRPが放射線防護に関連する「勧告」を出すことであり、その勧告は国際的に権威あるものとして受け入れられ、実際問題として国連を始めとしてIAEA、ILO、WHO、FAOなどの国際機関ならびにわが国をはじめとする世界各国の放射線防護に関連する種々の規制は、基本的にICRP勧告に準拠しています。
 ICRPはその活動の全てに責任を持つ主委員会とその下の4つの専門委員会から構成されています。主委員会は委員長と12人の委員からなり、ほかに科学秘書がいます。2000年4月現在、委員長は英国放射線防護庁の長であるクラーク教授であり、科学秘書はスウェーデンのバレンチン博士です。日本からも前放射線医学総合研究所長で現在放射線影響協会理事長の松平寛通先生が委員として参加しています。4つの専門委員会の役割が決まっており、
 第1専門委員会は放射線影響に関すること
 第2専門委員会は放射線被ばくによる線量に関すること
 第3専門委員会は医療放射線に関すること
 第4専門委員会は勧告の適用に関すること

を検討することになっています。それぞれ15〜20名の専門委員で構成されており、4つの専門委員会に日本からそれぞれ1〜2名の専門家が参加しています。
 検討の結果は2種の刊行物となります。主委員会からは「勧告」が刊行され、専門委員会からは主委員会の承認を得た上で「報告書」が刊行されます。最近のICRPの刊行物を表に示しました。現在のICRPの勧告は1990年にPublication 60として刊行されたものです。
 ICRPは勧告を準備するにあたり、先ず、放射線の健康影響に関するこれまでの報告、特に原爆被爆者や事故的に放射線を受けた人々、医療被ばく等で放射線を受けた集団を対象とした疫学調査研究の結果を料学的に検討し、動物実験の結果も参照しながら放射線健康影響の定量的評価を行いました。次いで、健康影響(リスクと呼んでいます)に着目して人体が受ける放射線の量を表す方式を開発しました。さらに、現代社会のリスクに対する受容性につき慎重に検討しました。それらから職業上の被ばくの限度として5年間で100ミリシーベルト、1年間では50ミリシーベルトとし、一般 の人々については1年間で1ミリシーベルトの値を勧告しています。ここで注意すべきは、これらが管理の上で重要と考える数値として決められていることであり、これらの数値を超えた線量を受けると障害が発生したりして不安全であるという意味ではないことです。

 
 

 ICRPは、このような線量にかかわる限度のほかにも、種々のことから勧告をしています。まず、行為の正当化、防護の最適化、ならびに前述の線量の限度は、ICRPの放射線防護体系と呼ばれており、放射線利用において受ける線量の低減化に大きく貢献してきました。

 放射線のような新しい技術を導入するときには、その影響を科学的に評価し、その結果に基づいて国際的に調和のとれた方法で防護策を考えることが、今日のように人、物、情報の国際化の時代にとってきわめて重要です。ICRPの役割も今後ますます増大するものと考えられます。
(稲葉 次郎)

 
   
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