皆さんは、六ヶ所村尾鮫の国道沿いに写真のような看板があることに気付かれるでしょう。これからもお分かりのように“サケ”は青森県の代表的な魚です。夏が過ぎ、田圃が黄金色に輝く頃、長い旅を終えて、遠い海原から自分の生まれ育った川にたくさんのサケが帰ってきます。彼らは“自分の川”を忘れることなく何年もの航海の後、故郷に帰ってくるのです。なんと不思議なことでしょう。

シロザケ 5歳魚の鱗(うろこ)

写真内の数字からも分かるようにサケの年令は、鱗の輪形から知ることができます。

 
   
〔サケの仲間達〕
 一口にサケといってもいろいろの仲間がいます。サケの仲間かそうでないかを見分ける方法は簡単で、背鰭と尾鰭の問に脂鰭という突起が付いているのがサケの仲間達です。水のきれいな渓流にいるイワナ、ヤマメ、アマゴはもちろん、高い水温に耐えられるため養殖の盛んなニジマスも、和井内貞行の「われ幻の魚を見たり」の話で有名な十和田湖のヒメマスもサケの仲間です。しかし、なんといってもサケと言えば、秋になると大挙して故郷の川に帰ってくるサケ(シロザケ)でしよう。この近くでは秋になると老部川や奥入瀬川でこの勇姿を見ることができます。  この他少し遠い仲間として、小川原湖の冬の風物詩わかさぎ、銀鱗を踊らせて釣り人を魅了してやまないアユ、変わったところでキュウリの臭いがすることから命名されたキュウリウオやこれと近縁のシシャモがいます。高級料亭でしかお目にかかれないシラウオ、北海道にしかいないイトウ、ギンザケ、オショロコマ、これらは皆サケの仲間です。
 

 

ろっかしょ産業まつり「鮭つかみどり」

 

〔サケの一生〕
 サケは川で生まれ、海で大きくなり、川に戻って子孫を残し、その一生を終わることは良く知られています。このような一生を送る日本のサケには、サケ、カラフトマス、サクラマス等がいます。サケは、上流のきれいな川底に1尾で約3,000粒の卵を産みます。そのうち約100尾が「フライ」と呼ばれる幼生期を生き延び、指程の大きさの「バー」という稚魚を経て形態や生理、行動に変化が起こり、スモルト(銀毛)に変態します。これが群をなして川を下り、海へと移動します。海ではプランクトン、イカ、小型のニシンなどを餌として3〜5年を過ごし、体長で10〜15倍、体重で1000〜3000倍に成長して生まれ育った川に帰ってくるのです(今はほとんどの場合、産卵から海に降るまでを人工孵化放流事業でヒトが管理しています)。その率は0.5〜5%で、そのうちの約8割が故郷の川に戻ってくると言われています。
 しかし、海にくだることなく生まれた川にとどまり大人になったもの(残留型)や、滝などの物理的障害物によって、川と海の間での行き来が妨げられ、そのまま川に適応してしまったもの(陸封型)など、一生を川や湖でおくるサケの仲間もいます。

〔サケはどうして生まれ育った川に帰ってくるのか〕
 私たちは、故郷を遠く離れて何年も過ごしていると、無性に懐かしさが募ります。サケはどうなんでしょう。この謎を説こうとたくさんの科学者がいろいろな実験に取り組んできました。魚の行動は、放射線や超音波を発生させる装置を付けて追跡したり、標識を付けて放流することで調べることができます。サケの場合は、脂鰭を切る等の標識をして放流し、戻ってきた数を調べるという方法で、サケが故郷の川に帰ってくることを確かめました。こうして調べた結果、ほとんどのサケが生まれ育った川に帰ってくることがわかりました。では、サケはどのようにして自分の故郷に帰ることができるのでしょう。
 川には異なる化学物質の組み合わせによって生じる特別のにおいを持っています。いろいろな実験をした結果、サケはそのにおいを頼りに帰ってくることがわかりました。この能力は親から受け継いだ遺伝的なものではなく、成長のある時期にそのにおいがサケの嗅覚に覚え込まれます。しかし、何千キロと遠く離れた大海原から、このような僅かなにおいだけで間違いなく自分の川に近づくことができるのでしょうか。サケは体内時計や磁気コンパスを用いた特殊な航海術を駆使して帰ってくるとか、ほんの僅かなにおいを感知して帰ってくるとか、これにはいろいろな説がありますが、まだはっきりしたことはわかっていないようです。
 このように自然にはまだまだ楽しい謎がたくさんあります。皆さんも探究してみてはいかがですか。
(倉林 美積)

 
 
 
シロザケ:5歳魚の鱗とサケの一生の写真は、北里大学水産学部の井田 齊教授の御好意により提供いただいたものです。
ここに謝意を表します。
 
   
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