マウスの毛色の遺伝から考えてみよう

 私たちの体の性質が親から子へと遺伝するように、ネズミの毛の色も遺伝しています。実験に使われるハツカネズミはマウスと呼ばれますが、このマウスで毛色の遺伝のしくみを見てみましょう。

毛色はどう決まるの?

 毛の色を決めている遺伝子は比較的単純で、毛色は基本的にA、B、Cの3つの遺伝子で決められています。これらの遺伝子は優性で、それぞれにa、b、cという対立する劣性の遺伝子があり、それらがペアとなって働きます(注1)。Aは1本の毛の中の色の分布を変える指令を出します(メラニンという黒色調の色素の分布を支配しています)(注2)。AAとAaでは毛先と根元の色が農く、真ん中が薄くなります。aaは毛先から根元まで一様に濃くなります。Bは毛の色を作る指令を出します(メラニン色素の色調を支配しています)。BBとBbでは黒い毛、bbでは褐色の毛が作られます。Cは毛に色を着ける指令を出します(メラニン色素の合成能を支配しています)。CCで色の着いた毛が生え、ccでは色の着かない毛、つまり白い毛が生えます。このccの遺伝子を持つマウスはアルビノといって、色が着かない(メラニン色素が欠如している)のは毛ばかりではありません。たとえば、目は黒目にはならず、網膜の血管がすき通って赤目となって見えます。ペット屋さんで良く見る毛の白いハツカネズミはこのタイプです。

 
 

(注1)遺伝的に対立する形質について、一方の形質を持つ親と他方の形質を持つ親を交配した場合、一方の形質のみがその子に現れた時、現れた形質を支配しているのが優性遺伝子、隠れた形質を支配しているのが劣性遺伝子ということになります。
(注2) メラニン色素は黒色調の色素で、ヒトや動物の皮膚や毛に存在して、肌や毛の色に関与しています。たとえば、日焼けで肌の色が黒くなるのは、メラニン色素が増えたからです

 

性質が一定の近交系(きんこうけい)
 マウスは私たちと同じ哺乳類ですが、人間と違って1回の出産でふつう4〜8匹の子供を生みます。そこで、兄弟同士を交配して子供を生ませることができます。この様な交配を20世代以上もくり返して作られた系統を近交系といいます。近交系のほとんどの遺伝子は、ホモといってAAとかbbのように同じ遺伝子のくり返しとなっています。とうぜん毛色の遺伝子もホモとなっていて、その組み合わせも一定で、どの世代のどのマウスも同じ毛色をしています(表1)。近交系は、自然におこる病気やその他の性質についても、毛色ほど単純な理由ではありませんが(ウイルスが原因といわれているものもあります)、似たようなことが言えます。たとえば、自然に発生するガンの種類とその発生率は近交系によって一定となっています(表2)。

 
 

科学実験と実験動物
 科学実験とは、ある刺激を検出系(測定器など)に与え、その反応を見てそこから真実を明らかにしていくことにほかなりません。この場合、検出系が常に一定の状態でなければ結果がまちまちになり、正しい実験結果を得ることはできません。刺激を放射線に、検出系を実験動物に置き換えてみると、放射線を実験動物に照射した時に表れる反応は、動物の性質が一定でないと反応がまちまちとなり、放射線の影響を正しく知ることはできないということになります。つまり、いろいろな性質が一定である遺伝的にコントロールされた実験動物を使って、放射線だけによる反応を見ることが必要なわけです。
 また、モデル疾患動物といって、人間の病気に近い病気をもった実験動物を調べて、なぜその病気がおこるのかを調べ、人間の病気を治そうとする研究も行われています。 この場合も、近交系のように遺伝的にコントロールされた実験動物であれば、病気のおこり方も一定なので、何回でもくり返し調べることができます。このように、実験動物を遺伝的にコントロールすることは、自然科学を研究する上でとても大切なことです。

どの系統を選ぶの?
 現在、近交系マウスは300系統以上ありますが、環境研では青森県からの委託を受け、B6C3F1というC57BLとC3Hの2つの近交系マウスの子供(F1ハイブリッド)を使って低線量放射線の生物に与える影響を研究しています。ごく微量の放射線をB6C3F1に長期間照射したあと、一生涯飼育して、寿命や発ガン率などを調べています。この系統を使うことにしたのは、ある種のガンだけが特別高い発生率を示すようなこともなく、わりに丈夫であるなど、今回の実験に適していると判断したからで、これまでにも多量の放射線や薬物などによる発ガンの長期的研究によくこの系統が使われています。このように実験の種類によって有利なマウスの系統を使い分け、効率よく正しい実験結果を導くことが、動物実験を行う上でとても大事なことです。
おまけのクイズ
それでは最後にクイズを1つ。B6C3F1の毛色は何色でしようか。表1を使って考えてみて下さい。
(松下 悟)

(答え:表1から遺伝子型はAaBBCC。従って、野ねずみ色)

 
マウスの写真は、放射線医学総合研究所の河野明広氏の御好意により提供いただきました。ここに謝意を表します。  
   
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