体の中を駆け巡る血液の中には、酸素を運ぶ赤血球、体外から進入する病原体と戦う白血球、止血を担う血小板など、様々な細胞が流れています。これらの細胞にも寿命があって、例えばヒトの赤血球で約120日、白血球では、数日以下といった非常に短いものや、数年以上といわれる長いものまで知られています。通常、私たちの体の中でこれらの細胞数は常に一定に保たれています。それではどのような仕組みで一定に保たれているのでしょうか?
 下図が血液細胞が造られる様子を示したものです。様々な細胞は骨髄中で多能性幹細胞と呼ばれる一種類の細胞から分化し、役割を終えた血液細胞は脾臓で壊されるのです。そして、壊された数だけ骨髄中で新しく造られ、血液中に出てくるのです。これらの血液細胞が造られる過程で異常がおき、正常の制御からはずれた細胞が、かってに増えだすことがごくまれにみられます。これが「血液のガン」と呼ばれる「白血病」です。このような状態になると、様々な働きを担う正常な細胞が造られなくなり、赤血球が減少して、貧血などの症状などが現れてきます。

造血細胞の分化

移植された骨髄細胞(多能性幹細胞)は骨髄中で増殖・分化し、様々な血液細胞が血液中に見いだされるようになります。(赤血球と血小板を除いたものが白血球で、働きに応じて様々な名前がつけられています)

 

 ひと昔前までは不治の病として恐れられていた「白血病」も、現在では「放射線療法」や「化学療法」の発達と「骨髄移植」の普及で、一応の完治の目安とされる5年生存率(ガンや白血病では、治療後5年間再発や転移がないとき、完治したとみなされます)も飛躍的に伸びてきました。
 それでは今回のテーマである「骨髄移植」についてご説明いたしましょう。ヒトをはじめ生物は、放射線に対して影響を受けること(感受性があるといいます)が知られています。しかし、この感受性は一様ではなく、分裂が盛んな細胞ほど感受性が高く、特に小腸の上皮細胞や、分裂期に入った多能性幹細胞などが強い影響を受けることが知られています。白血病細胞も盛んに分裂しているので高い感受性を示します。一方、通常ほとんど分裂を行っていない皮膚などは、比較的感受性が低いことがしられています。造血を支えるもう一方の細胞である骨髄中の造血支持細胞(多能性幹細胞を養い育てる働きを担っている)も、通常はほとんど分裂を行っておらず、放射線に対し低感受性であることが知られています。この感受性の差を利用した治療法が「骨髄移植」なのです。
 「骨髄移植」を行うときには、まず強い放射線で白血病細胞を全て殺してしまうことからはじまります。このとき、当然正常の多能性幹細胞もすべて死滅してしまいます。しかし、ほとんど分裂を行っていない造血支持細胞は深刻な影響は受けません。ここに正常ドナー(骨髄提供者)の骨髄を移植します。すると、放射線照射から生き残ったレシピエント(患者)の造血支持細胞によって、移植された骨髄細胞(正確には多能性幹細胞)が養われ、やがて正常の機能を持った全ての血液細胞が産まれてくるようになります。この間、正常の血液細胞が産まれてくるまでは、外からの病原体に対する防御機構も全て失われているため、無菌室内で生活する必要があります。こうして白血病は治すことができるようになりました(現実には移植後長期経過後の発ガンの問題は残っていますが)。


 右図ではマウスを用いた移植の様子が示されています。移植に際し、レシピエント(患者)とドナー(骨髄提供者)のそれぞれの骨髄の型を表わす一群の遺伝子(図ではH-2と表示されています)を合わせる必要があります。正常なマウスでは、この違いを認識することによって外来からの異物の進入(病原体)から自分の身を守っているのです。そして、これを合わせないと移植された骨髄細胞中の多能性幹細胞から産みだされた血液細胞(おもに白血球)はレシピエントを異物として認識し、これを攻撃してしまい、強い拒絶反応が起き、移植を受けたマウスは死亡します。

骨髄移植を受けたマウスの脾臓

マウスの血液細胞は骨髄と脾臓で造られるため、移植後脾臓を観察することで移植の正否がわかります。

 左が骨髄移植を行わなかったマウスの脾臓
 右が行ったもの

右の脾臓では移植された骨髄細胞が定着し、表面にコロニーと呼ばれる丸い塊がみられます。それに対し左ではコロニーは全くみられません。  

 しかし、実際の「骨髄移植」ではもう一つ大きな問題があります。それは骨髄提供者(ドナー)の少なさ です。マウスの例でもお話ししましたが、「骨髄移植」の際には、ドナーとレシピエントの骨髄の型を表わす一群の遺伝子(ヒトではHLAと呼ばれています)を合わせる必要があります。この型は、ヒトでは約10万種類存在すると考えられています(兄弟姉妹間では確率的に4種類。そのため兄弟姉妹間でこの型が一致する確率は4分の1。一卵性双生児間は全く同一)。つまり、血縁関係がない場合、10万人の骨髄提供者が存在してはじめて同じ骨髄の型を持つドナーが見つかることになるのです。
 現実には骨髄バンクにおける登録者はこれよりずっと少なく、骨髄の提供を受けられないばかりに治療を受けられず亡くなる事例が後を絶ちません。
(T.Y)
多能性幹細胞および骨髄移植後のマウスの脾臓の写真は新潟大学理学部生物学科 森 和博教授の御好意により提供いただいたものです。ここに謝意を表します。
 
   
topへ戻るインデックス