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6. 低線量放射線の生物影響に関する調査研究

6.1 低線量放射線生物影響実験調査(継世代影響・線量率効果解析)

被ばくした親から産まれた仔における継世代影響を動物実験により明らかにするため、高線量率(0.8 Gy/分)γ線を短時間照射あるいは低線量率(20 mGy/22時間/日)γ線を長期間連続照射したC57BL/6Jオス親マウスを同系非照射メス親マウスと交配し、仔(F1)を得て、非照射対照群の仔とともに終生飼育し、繁殖データ、死亡マウスの寿命、死因、発がん及び遺伝子変異等を調べるのが目標である。

本実験調査初年度である平成26年度は、目的のデータを得るために必要な至適放射線照射線量および実験手法を決定するために、高線量率(0.8 Gy/分)放射線を用いた実験を実施した。その結果、本実験では、照射線量を低線量率連続照射は6 Gyと3 Gy、高線量率急照射は2〜3 Gyとし、実験に使用するマウスの数は、オス親;120匹/群、メス親;120匹/群、オスF1;180匹/群、メスF1;180匹/群、総数は約2400匹とし、平成27年1月より本実験の第1回目を開始した。

遺伝子変異解析では、0.8 Gy/分照射群のオス親と非照射メス親各1匹及びその仔マウス6匹及び1 mGy/日照射群のオス親と非照射メス親各7匹及びその仔マウス48匹についてオリゴマイクロアレイCGH法によるスクリーニングを実施した。その結果、1 mGy/22時間/日照射群の仔48匹中5匹(10.4 %)で「Type L異常値領域」を検出したが、0.8 Gy/分照射群の仔6匹には全く検出されなかった。これまでのデータを纏めると、「Type L異常値領域」の発生頻度は20 mGy/22時間/日照射群では9.9%、1 mGy/22時間/日照射群では9.1%、0.05 mGy/22時間/日照射群では2.1%、非照射対照群では2.1%と推定され、20 mGy/22時間/日照射群と1 mGy/22時間/日照射群でコントロールより有意(P<0.05)に高い発生率であった。さらに、これらの「Type L異常値領域」はTaqMan Copy Number Assayで全て「新規突然変異」であることが確認できた。また、「新規突然変異」を持つ20 mGy/22時間/日照射群11匹中3匹、非照射対照群4匹中2匹の仔マウスから孫マウスが生まれており、これら孫マウス5匹についてTaqMan Copy Number Assayで確認したところ、仔マウスに認められた「新規突然変異」は、全て孫マウスに遺伝していることが確認された。

報告詳細
6.1.1 高線量率ガンマ線急照射オス親マウスの仔への影響 -実験条件・検索方法の確立-(712KB)
6.1.2 低線量率ガンマ線連続照射オス親マウスの仔・孫への影響 -生殖細胞突然変異の検索-(664KB)

6.2 低線量放射線の生体防御機能に与える影響調査

低線量率放射線の長期間連続照射による生体防御機能への影響を明らかにするため、抗腫瘍免疫機能への影響と脂質代謝機能への影響について調査を行っている。

抗腫瘍活性を定量的に把握するために移植腫瘍を用いた。この腫瘍に対する免疫機能活性を調べると、低線量率(20 mGy/22時間/日)γ線を長期間連続照射したマウス(B6C3F1)では非照射マウスより低下していることをこれまでに明らかにしたが、さらに本解析では、この低下をもたらす要因を明らかにするための調査を行った。具体的には、人工的な操作を加えた腫瘍細胞を、照射及び同日齢非照射対照マウスそれぞれに移植した時の生着率の違いや、マウス免疫細胞の遺伝子発現の違いを比較した。調査最終年度である平成26年度は、これまでに移植腫瘍生着率の亢進が認められているB6C3F1メスマウスに加えて、他系統であるC57BL/6オスマウスに低線量率(20 mGy/日)ガンマ線を累積線量8000 mGyになるまで照射し、様々ながん細胞移植研究で用いられているルイス肺癌由来の培養細胞を移植し、その生着率を非照射コントロールマウスと比較した。その結果、ルイス肺癌由来培養細胞の生着率に対して放射線照射の影響は観察されず、腫瘍の種類やマウスの遺伝的背景の違いによって移植腫瘍生着率が大きく異なることが明らかとなった。次に、低線量率ガンマ線長期連続照射によって減少したケモカインレセプターCCR5発現免疫細胞を補うこと(養子移入)による移植腫瘍生着率の変化を明らかにするために、健康なマウスから単離したCCR5発現免疫細胞を腫瘍細胞と同時に移植する実験を実施した。その結果、CCR5陽性免疫細胞の共移植による移植腫瘍生着率の変化は観察されず、移植腫瘍細胞の排除にはCCR5陽性免疫細胞単独の作用だけではなく、その作用を補強する要因が必要である可能性が示唆された。

脂質代謝機能への影響に関しては、低線量率(20 mGy/22時間/日)γ線連続照射メスマウスに観察される血清レプチンの増加や脂肪組織重量の増加を伴う体重増加の発生機序に、連続照射による卵巣障害が関与することを明らかにするための実験調査を行った。調査最終年度である平成26年度は、20 mGy/日のγ線を集積線量がこれまで実施した実験より低い線量である0.1〜1.5 Gyに達するまで連続照射したメスマウスと、より低い線量率である10 mGy/日及び1 mGy/日のγ線を連続照射したメスマウスのPCNA 抗体陽性卵母細胞数の変化と体重増加及び閉経が起こる時期を調べた。その結果、集積線量に依存した卵母細胞数の減少が生じ、この減少数に相関して閉経及び体重増加が発生する週齢が決められることが分かった。また、1 mGy/22時間/日、10 mGy/22時間/日及び20 mGy/22時間/日の線量率のγ線を9週齢から連続照射したメスマウスにおける、卵巣障害と体重変化との関係を調べた。その結果、20 mGy/22時間/日より低い線量率での連続照射においても集積線量に依存した卵母細胞数の減少が生じ、この減少数に相関して閉経及び体重増加が発生する週齢が決められることが分かった。

報告詳細
6.2.1 低線量率ガンマ線連続照射マウスの移植腫瘍細胞に対する応答に関わる因子の解析(634KB)
6.2.2 低線量率・低線量ガンマ線連続照射メスマウスにおける放射線誘発の卵母細胞数減少による体重増加と早期閉経 (555KB)

6.3 低線量放射線のDNA修復関連遺伝子に与える影響調査

低線量率放射線長期被ばくによるがん発生、寿命短縮などの現象へのDNA損傷とその修復の関与の程度を検討するため、「低線量率放射線によるDNA損傷生成⇒細胞のがん化頻度の上昇⇒がんの早期発生⇒寿命短縮」という作業仮説を立て、分子細胞生物学的及び病理学的解析を行った。5年間の調査の最終年度であることから、結果の集計と取りまとめも行なった。4つの小課題の内容について以下に記載する。

  • (1) 低線量率放射線長期照射により腫瘍がより早期に出現するかを検討するため、マウスに20 mGy/日×400日の長期照射中及び照射後、経時的に病理学的検索を行った。26年度には、病理組織解析および最終的な統計解析を行った。その結果、悪性肝腫瘍など早期発生するものと、悪性リンパ腫など発生が早期化しないものがあることが明らかになった。腫瘍の発生に先んじて同じ臓器で非腫瘍性病変が生じている例、また、非腫瘍性病変発生が照射群で早期化している例も見られた。
  • (2) 血清中の微量の生理活性物質の量的変動を解析する鋭敏な方法を開発し、これを用いて低線量率放射線長期照射の影響あるいは照射による腫瘍の発生を検出するための血清中のマーカー分子を同定してきた。26年度には、これらマーカー分子を補完するものとして、ヒトの健康診断で汎用される血液検査項目も、マウス低線量率放射線誘発腫瘍の検出に適用可能であることを明らかにした。
  • (3) 低線量率放射線長期照射されたマウスの寿命短縮に対するDNA損傷の関与を直接的に検討するため、損傷の発生を抑制する抗酸化剤N-アセチルシステインを投与する、あるいは、損傷修復に関係した遺伝子を欠いたマウスを用いるという2種類の実験法を用いた。損傷の量を操作するというアプローチが有効であること、また、寿命短縮に対してDNA損傷が少なくとも部分的には関与していることを示唆する結果が得られた。
  • (4) 低線量率放射線による白血病誘発の機構に関する知見を得ることを目的として、25年度までに、低線量率放射線照射マウスの造血幹細胞の、26年度には、造血前駆細胞の網羅的遺伝子発現解析を行った。その結果、高線量率照射で顕著にみられるDNA損傷応答や細胞死の兆候は見られず、低線量率放射線と高線量率放射線では、造血細胞への作用が異なることが示唆された。

上記の各小課題の結果を総合すると、低線量率放射線の影響は放射線によるDNA損傷が直接細胞のがん化を引き起こすという考えである程度は説明できるが、それ以外の要因、例えば、がん進展プロセスの関与も大きいと考えられる。

報告詳細
6.3.1 低線量率ガンマ線連続照射マウスにおける悪性リンパ腫等病変発生の早期化の確認 -病理学的解析-(646KB)
6.3.2 低線量率ガンマ線連続照射マウスにおける悪性リンパ腫等病変発生の早期化の確認 -血清中のタンパク質を指標とした解析-(569KB)
6.3.3 低線量率ガンマ線連続照射マウスの寿命短縮に対するDNA 損傷の影響の解析(678KB)
6.3.4 低線量率ガンマ線連続照射マウスの造血幹・前駆細胞の遺伝子発現プロファイルの解析(647KB)

7. 生物学的線量評価に関する調査研究

本調査(U期)においては、2つの低線量率(1 mGy/日、0.05 mGy/日)放射線でマウスを長期(最大約700日)連続照射した際に脾臓細胞で見られる染色体異常(転座型異常、二動原体型異常)の頻度および転座型染色体異常を持つクローンの頻度について解析を進めてきた。26年度には、異常頻度が低い0.05 mGy/日の照射群及び非照射対照群の各解析ポイントについて、新たに3個体を加え、1個体あたり少なくとも1000個以上の細胞の染色体解析を行い、データを追加した。7年間の調査の最終年度であることから、全データ(1 mGy/日照射群は各ポイント7個体、0.05 mGy/日照射群と非照射対照群は10個体)を集計し統計解析を行った。これまでに得られた結果の中で最も重要なものをあげると、以下のようになる。

  • (1) 1 mGy/日の長期連続照射は、転座型および二動原体染色体異常を明らかに増加させる。言い換えると、染色体異常は、1 mGy/日の放射線の影響を十分に検出できる鋭敏な指標である。
  • (2) 0.05 mGy/日の照射の場合、放射線による転座型および二動原体染色体異常の増加は、加齢等非照射群でも自然に起こる変化や個体間のばらつきなどを超えて検出されるようなレベルのものではない。クローンを構成する転座型異常の解析からも、非照射対照群と0.05 mGy/日照射群の類似性が示唆される。
  • (3) 本調査のT期の低線量率(20 mGy/日)および高線量率(890 mGy/分)の照射群のデータを含めて転座型異常の線量効果関係を比較すると、890 mGy/分と20 mGy/日の間での線量率効果は非常に大きく、一方で、20 mGy/日と1 mGy/日の間での線量率効果は小さい。

以上のように、本調査により、放射線がマウスの染色体異常を自然発生のレベルを超えて誘発するような(あるいはその際の異常を検出できるような)最も低い線量率がどの程度であるかに関する重要な知見が得られた。これはリスク評価に大きく資するものである。

報告詳細
7. 低線量率ガンマ線連続照射マウスの脾細胞における染色体異常頻度とクローン出現頻度(764KB)

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